はと Fly Free作家さんのブログやTwitterを見てると「俺はこういうスゴイことを考えながら作品を書いてるんだ」という趣旨の発言を繰り返している方がたまにいて、まあ、親切っちゃあ親切なのかもしれないけど、見ててちょっと居心地の悪い気分になります。いやだってそれ、芸人さんが「今のギャグは何が面白いかというと……」と言って解説を始めるのと同じだし!

そういうのを見てしまうと、この人はそうやって「言葉」で軽々しく説明できるくらいの浅い考えでやっているのだなあ、と思ってしまうのです。いや実際のところはどうなのかは知りませんけれども。本当は心にも思ってないことでも、なにか戦略的な目的があって、あえて浅薄な発言をしてるのかもしれないしね。

ところで棋士の羽生善治氏が、著書の中で「(対局)相手は敵であると同時に(将棋という)作品の共同制作者であり、自分の個性を引き出してくれる人ともいえる」と書いておられました。
それを読んで、僕は、素敵な考え方だなーと思ったんですよ。
これはたぶん小説も同じことではないのかと。

小説の場合は見た目は単なる文字の羅列なわけで、その面白さを理解するためには、それを読んだ人にイメージを膨らませてもらわないといけないわけです。つまり作品を作ってるのは作家だけではなくて、読者も間違いなく共同制作者なのだと思います。

で、将棋の相手に向かって対局中に「俺はこういう考えで駒を動かした」とか「だからきみはこう指しなさい」とか言う棋士は普通いませんね。そういうことが許されるのは指導将棋だけ、つまり相手を格下に見てる場合だけだと思います。

それと同じように「俺の作品はこういうふうに理解してくれ」と作家が言うのも、やっちゃいかん、ということではないけど、マナー悪いなあ、と感じてしまうのです(僕はね)。
もしかしたら作者が何を考えていたのか知りたい、という読者もいるのかもしれませんが、それを作品の中で伝えるのが作家の仕事なんじゃないの、と個人的には思います。そのために苦労して何百ページも書いてるわけだし。自分の作品の解説なんかはなるべく書きたくないなあ。

それで結局なにが言いたかったのかというと、仕事でそういう自分の作品の解説コメントなどを求められると書くことがなくて本当に困る、という愚痴でした。そんなのべつに語りたくないから、どうせならもっと面白い質問をして欲しいゼ。